ツォンカパのチベット密教
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新著紹介のページ (2019年1月14日最終更新)
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ツォンカパのチベット密教 齋藤保高著 大蔵出版
2013年 本体9,000円 ISBN978-4-8043-0587-5
お蔭様で、2019年1月に重版となりました。読者の皆様に、心より感謝致します。
大変長らくお待たせしました! 久々の新著が、2013年12月に刊行されました。
『ツォンカパのチベット密教』という本です。
宗祖ツォンカパ大師の密教に関する主著として名高い『真言道次第広論 (ガクリム・チェンモ)』をテーマに、ゲルク派の伝統教学に沿って研究を行ない、その成果をまとめて書きおろした内容です。
この本は、大きく分けると、三章構成になっています。
第Ⅰ章では、仏教全体の教理・実践体系との関連から、密教とは何かを明らかにします。こうした顕密横断的な考察は、密教の正しい理解に欠かせません。そのため、ここでは三つの角度から、『真言道次第広論』を理解する背景を探ります。
まず第1節では、仏教全体の教理・実践体系である「ラムリム」の枠組みを概観し、それと密教の行法との関係性を考察します。これによって、密教を修行する正しい目的が明らかになります。
次に第2節では、顕密の大乗仏教に共通の修道論である五道・十地の枠組みを概観し、その中で密教の行法がどう位置づけられるかを考察します。これは、無上瑜伽タントラの生起次第と究竟次第、或は瑜伽タントラ以下の有相瑜伽と無相瑜伽の役割りを理解するために、大変重要な内容です。
そして第3節では、法身・報身・応身などの仏身論を考察したうえで、密教タントラがどのような在り方で説示されたかに焦点を当てます。無上瑜伽タントラをはじめとする密教の行法を正しく実践するためには、仏身論の理解が欠かせません。
第Ⅱ章では、『真言道次第広論』全十四品の内容を、順次概観してゆきます。
第1節は、『真言道次第広論』第一品の概説です。第一品は、全篇の総論となる重要な内容で、顕教と密教の区別、四部タントラそれぞれの区別などを説いています。
第2節は、『真言道次第広論』第二品、所作タントラの道次第の概説です。ツォンカパ大師は、『蘇悉地経』や『後禅定品』などに基づいて、六本尊、四支念誦、念誦によらない禅定などの行法を、ある程度詳しく説いています。これにより、密教のベーシックな実践体系を、顕密共通の修道論である五道の枠組みに当てはめて理解できるはずです。
第3節は、『真言道次第広論』第三品、行タントラの道次第の概説です。ツォンカパ大師は、『大日経』に基づいて、有相瑜伽と無相瑜伽の行法を簡潔に説いています。それと同時に、本尊瑜伽に於ける空性修習の重要性を、この第三品の中で強調しています。
第4節は、『真言道次第広論』第四品、瑜伽タントラの道次第の概説です。ツォンカパは、『真実摂経(金剛頂経初会)』や『金剛頂タントラ』に基づき、所作・行タントラの段階では見いだせない四印の枠組みや微細瑜伽の行法を中心に、多少詳しい解説を行なっています。本書では、アーナンダガルバの成就法などに準拠し、五相成身観や四印印証の行法にも触れています。
第5節は、『真言道次第広論』第五品から第十品までの内容の、ごく簡単な紹介です。第五品から第十品にかけては、無上瑜伽タントラの灌頂次第が、準備の段階から四灌頂の正行まで詳細に解説されています。ただ本書では、紙数があまりにも多くなってしまうため、灌頂を受法する際に役だつ内容だけを選び、概略を紹介するにとどめています。
第6節は、『真言道次第広論』第十一品の概説です。第十一品は、無上瑜伽タントラの行法である生起・究竟二次第の総論となっています。ツォンカパ大師はまず、灌頂を受法した修行者にとって最優先の課題である「三昧耶と律儀の保持」について述べてから、二次第の行法の学び方に言及しています。そのうえで、実際の修習にあたっては必ず二次第とも行じる必要があり、それも先に生起次第を行じるべきだという点を強調しています。
第7節は、『真言道次第広論』第十二品、生起次第の行法の概説です。ツォンカパ大師は、「グヒヤサマージャ(秘密集会)」ジュニャーナパーダ流、「黒ヤマーリ」、「へーヴァジュラ(呼金剛)」の三者にほぼ共通する生起次第の枠組みをベースとし、それらとの比較を通じて「グヒヤサマージャ」聖者流や「チャクラサンヴァラ(最勝楽)」の行法の特色を浮き彫りにする…という形で第十二品の解説を進めています。「グヒヤサマージャ」聖者流と「チャクラサンヴァラ」こそ、ツォンカパ大師の密教体系の中心に位置づけられる両大法です。第十二品は、本書第Ⅲ章に全文の和訳と詳しい訳註があります。ですからこの第7節では、和訳を読むにあたって理解を深められるよう、特に分かりやすい説明を心がけました。
第8節は、『真言道次第広論』第十三品の概説です。第十三品では、「グヒヤサマージャ」聖者流、同ジュニャーナパーダ流、「カーラチャクラ(時輪)」、「チャクラサンヴァラ」、「へーヴァジュラ」の究竟次第が順に紹介されています。ただ、それぞれの行法の根拠となるインドの聖典を引用・検証することに主眼が置かれ、行法自体の中身を理解するのがやや難しい面もあります。それゆえ本書では、より具体的な行法内容を説いているツォンカパ大師の著作-例えば「グヒヤサマージャ」の『五次第明灯』や「チャクラサンヴァラ」の『隠義開顕』-なども参照しながら、実修の流れを把握しやすい説明を心がけました。
第9節は、『真言道次第広論』の最終章となる第十四品の概説です。第十四品では、最初にチャクラ、脉管、風、滴、心などの解説があり、その後で金剛念誦やチャンダリーなどの行法を紹介しています。これらの箇所も、第十三品と同様の傾向が見られるため、『五次第明灯』や『ヴァサンタティラカ観想覚書』などを参照しつつ、できるだけ分かりやすい説明を心がけました。続いて、究竟次第に於ける空性修習の重要性と、道を効果的に増進させる方便行についての解説があり、全篇の締めくくりとして無上瑜伽タントラによる成仏の仕組みを説き明かしています。
第Ⅲ章は、無上瑜伽タントラ生起次第の行法を説く『真言道次第広論』第十二品の和訳と詳しい訳註です。第十二品は、『真言道次第広論』全篇の中でもとりわけ充実した内容で、灌頂を受けた修行者の実践にすぐ役だつ教誡が満載されています。
訳註では、第十二品で引用されているタントラ、成就法、註釈・解説書などの大半について、「チベット大蔵経」のカンギュル(仏説部)とテンギュル(論疎部)に於ける該当箇所を表示し、本文を理解する助けになると思われる事柄を書き出してあります。また、『真言道次第広論』より以前のツォンカパ大師の著作で詳しく解説されているため、重要であるにもかかわらず第十二品であまり触れられていない内容(例えば「グヒヤサマージャ」聖者流の三身修道など)については、訳註で補足説明を加えました。
宗祖ツォンカパ大師(中央)、直弟子のギェルツァプ大師(向かって左)とケートゥプ大師(同右)。ゲルク派の密教専修道場であるダラムサラのギュトゥー寺本堂に安置されている尊像。
『真言道次第広論』の中身は、インドからチベットへ伝えられた密教に行法ついて、ツォンカパ大師が「チベット大蔵経」のカンギュル(仏説部) とテンギュル(論疎部)を徹底的に吟味・検証し、顕教の大乗仏教とも整合性のある教理・実践体系として再構成したものです。
今回『ツォンカパのチベット密教』を刊行する大蔵出版は、日本の漢訳大蔵経として世界的に有名な「大正新脩大蔵経」を刊行するために設立された出版社です。そういう由緒ある仏教書出版社から、「チベット大蔵経」の申し子ともいうべき『真言道次第広論』の研究書を出せるのは、大変素晴らしい御縁だと思います。
大変だった編集作業もようやく終わり、11月12日に責了の運びとなりました。そこでこの機会に、本書が出版に漕ぎ着けるまでの流れを、簡単に紹介してみたいと思います。
話は、2001年の末まで遡ります。南インドのムンゴットに再建された総本山ガンデン寺チャンツェ学堂で、ダライ・ラマ法王による『真言道次第広論』の大講伝が、その年の12月21日から十日間にわたって行なわれました。所作タントラの「牟尼三三昧耶荘厳」、行タントラの「大日現等覚」、瑜伽タントラの「金剛界」、無上瑜伽タントラの「ヤマーンタカ十三尊」という順で、四部タントラの灌頂法儀を厳修してから、『真言道次第広論』全篇の阿含相伝(ルン)を授けて要点を解説するという、極めて大がかりな講伝の法会です。私自身もポタラ・カレッジ参拝団の一員として、大勢の僧侶たちの末席に加えていただく形で、この大講伝を受法する機会に恵まれました(こちらを御覧ください。下の方です)。
大講伝を聴聞して、とりわけ第十二品の素晴らしさに深い感銘を受け、「和訳してみよう」とその場で決心したのが、本書の企画の始まりです。帰国してから翻訳に取り組み、2004年の中頃には、一応の和訳草稿ができあがりました。
その後、「秘密集会」聖者流の生起次第と究竟次第の行法を学修するため、それに必要な幾つかのテキストの予習や翻訳を優先させたため、第十二品和訳の仕上げは当分の間お預けとなりした。
そうした中、拙著『チベット密教 修行の設計図』(春秋社)などでお世話になった仏教書編集者の上田鉄也氏に、第十二品の和訳草稿を見ていただいたところ、「これをベースにして『真言道次第広論』の本を出そう」という話になりました。そして、大蔵出版からの刊行が、2007年末に正式決定されたのです。タイトルも、上田さんのアイディアで、『ツォンカパのチベット密教』と決まりました。
それから、上田さんとディスカッションを重ね、本の骨格が少しづつ具体化してゆきました。第Ⅰ章と第Ⅱ章は、それに沿って執筆したものです。この二つの章を加えることにより、仏教全体の枠組みに於ける密教の位置づけと、『真言道次第広論』全篇の概要を明らかにできたと思います。
次に、第十二品で引用されているカンギュルとテンギュルを詳しく調べ、第Ⅲ章の註を作成しました。それを通じて、第十二品の和訳草稿で数多く残っていた疑問点も大方解消し、第Ⅲ章の本文としてまとめることができました。第十二品を読み返しながらカンギュルとテンギュルを調べるプロセスは、かなり長い期間を要し、今から顧みると一番大変な仕事だったと思います。けれども、それに没頭している最中は、まるでツォンカパ大師からインド後期密教の指導を受けているような感覚で、とてもエキサイティングな体験の連続でした。ツォンカパ大師のお言葉の先に、インド後期密教の広大な世界が垣間見えるようなイメージを、読者の皆様も本書で感じ取っていただければ幸いです。
そして2011年から、ポタラ・カレッジの定期講習で『真言道次第広論』第十二品の講義を私が担当したため、受講者の方々にとって分かりにくかった箇所などを中心に、第Ⅲ章の本文を見直しました。
いよいよ2012年の末から、本書の編集作業が、本格的に始動しました。上田さんに読者目線で中身を精読してもらい、分かりにくい点や誤解を招きそうな箇所を徹底的に洗い出し、適切な対応策を二人で考えるというプロセスを丁寧に進めた結果、だいぶ読みやすい本になったと思います。もちろん、本書の内容は決して初心者向けではないから、「誰でも簡単に理解できる」などと言うつもりはありません。それでも、「仏教一般の素養がある読者なら、チベット密教の予備知識があまりなくても、註などの参照箇所を見ながら読み進められる」という程度の分かりやすさは、何とか実現できたのではないかと思います。
最初の構想から12年間、いろいろ紆余曲折はありましたが、11月28日に見本が出来あがりました。とても良い感じに仕上がっています。ポタラ・カレッジでは、11月29日から頒布開始。12月第1週には、書店でもお求めいただけるようになりました。
専門的な内容で発行部数が少ないのと、ボリュームが450ページ近くあるため、お値段は9,000円+税ということで、かなり高価になってしまいます。とても心苦しいですけれど、「一般的な概説書を三冊読むよりも価値のある本」を目指して一生懸命頑張っただけの手応えはあると思いますので、どうかよろしくお願いいたします。
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