ギュトゥー寺での密教学修2
ギュトゥー寺での密教学修 2014
2014年8月、主に個人的な学修のため、北インドのギュトゥー寺を訪れました。ちょうど2年前に初めて訪問して以来、ギュトゥー寺に於ける密教学修は、今回が二度めとなります。
ギュトゥー寺は、チベットの聖都ラサの中でも由緒ある古刹ラモチェ寺の境内に、ゲルク派の最高格式の密教専修道場として開かれた僧院です。今日の亡命チベット人社会に於ては、北インドのダラムサラ近郊、ヒマラヤに連なる山々の麓に再建されています。
ダラムサラとギュトゥー寺の一般的な情報は、2年前に学修に訪れた際の記録に詳しく書いてあるので、まずそちらをお読みいただければと思います(ここをクリックしてください)。
そのようなわけで今回の報告は、2年前とは異なる話題に焦点を絞り、学修内容を中心にまとめてみましょう。
さて今回の旅行では、デリーとダラムサラの往復は、一番楽な空路(Spicejet)にしました。このフライトは、山間にあるダラムサラの空港(Gaggal airport)が小規模なため、小型のプロペラ機しか就航できません。小型機だと、どうしても気象条件に影響されやすくなってしまいます。モンスーン末期で天候の安定しない8月には、欠航となる日もかなり多く、旅行プランを立てるうえで悩まされるところです。しかし今年は、インドも異常気象のようで、8月にしては晴れの日が多かったと思います。そのお蔭で、往復とも予定どおり搭乗することができました。特に帰りのフライトは、ダライ・ラマ法王猊下がお乗りになるという、偶然の幸運にも恵まれました。
ダラムサラへ到着したのは、8月7日。最初の数日間は、亡命チベット人街のマクロード・ガンジに滞在しました。旅の主な目的がギュトゥー寺での学修なのに、まずマクロード・ガンジを訪れたのは、キャブジェ・デンマ・ロチュー・リンポチェ猊下(ポタラ・カレッジ宗教・学術顧問)に謁見したいからです。ロチュー・リンポチェは、私にとって、初めて無上瑜伽タントラの大灌頂を授かった恩師です。後に最も親しく教えを授かった大阿闍梨チャンパ・リンポチェ師が御示寂されてしまった現在、ロチュー・リンポチェにお目にかかり、自分の近況や予定などを御報告するのは、私の安心を得る拠りどころとなっています。
ロチュー・リンポチェは、だいぶお年を召された御様子ではあるものの、お元気でいらっしゃいました。実弟で執事長のゲン・イェシェー・ティンレー師は、2年前よりむしろお元気になられたぐらいです。拙著『ツォンカパのチベット密教』の上梓を御報告したところ、リンポチェは、チベット語の目次(同書p.17)をゆっくり御覧になり、「これは大変よろしい」とおっしゃってくださいました。まことに有難いお言葉です。
8月11日からは、ギュトゥー寺の宿坊に滞在し、いよいよ本格的な学修が始まります。今回の主な課題は、ヤマーンタカの究竟次第について、ギュトゥー寺独特の流儀の伝授を受けることです。テキストは、ギュトゥー寺の教学体系を確立したゴムデ・ナムカ・ギェルツェン大師(1532-1592)による『吉祥大金剛バイラヴァ第二次第の義を願文の門から説く詳註・持明の精の饗宴』です。まず、2年前に「ヤマーンタカ一尊自灌頂儀軌」を伝授してくださった大阿闍梨ゲン・ゲドゥン・ツェリン師に相談したところ、「この教科書なら、自分よりも、親近行道場(ツァムカン)に居るゲシェー・ノルサンに習った方がよい」という御助言をいただきました。ゲシェー・ノルサン師とは初対面なので、寺務所の執事からもお口添えいただき、ツァムカンを訪ねて伝授をお願いしました。
ゲシェー・ケートゥプ・ノルサン師は、大本山セラ寺チェーパ学堂の御出身で、密教に関しては大阿闍梨チャンパ・リンポチェ師の弟子でもあり、現在はギュトゥー寺のツァムカンで後進の指導にあたっておられます。生まれは、カム地方の西部。お話のされ方は、一応カム方言ながら、わりと中央チベツト語に近い感じで、聞き取りやすいほうだと思います。長身で堂々とした風貌は、古き良き時代のチベット本土の僧院に、いかにもよく似合いそうな印象です。
密教の伝授をお願いすること自体も、弟子にとっては修行の一環なので、最初は簡単に承諾していただけません。今まで受法した灌頂や伝授、学んだテキスト、実践した修行などについて述べてから、なぜこの教えの伝授を希望するのか、拙いチベット語で説明しなければいけません。幸いマクロード・ガンジに滞在中は時間が充分あり、テキストを詳しく予習することができたので、「あらかじめ読んでみて、疑問の箇所が多く出てきたから、正しい意味を教えてください」という言い方でもお願いしました。「では、どのような疑問があるか、言ってみなさい」ということで、テキストの内容に関する問答に入ります。そうなると、少し話もしやすいです。それでようやく、お許しをいただくことができました。実際とてもお忙しい状況の中、私のために貴重な時間を割いてくださるのは、本当に有難いことです。ゲシェーは、四部タントラに精通した真の智慧者で、説明も明快で分かりやすいため、中身の濃い充実した伝授を受けることができました。
「ヤマーンタカ」の究竟次第は、インドの大成就者シュリーダラによって確立され、真言・三昧耶・形色・清浄智の「四瑜伽」としてまとめられています。真言の瑜伽は、臍の要点と胸の要点の二段階に分けられ、また清浄智の瑜伽は、義の倶生と双運の二段階に分けられます。従って、臍の要点から双運まで、実質的に合計六段階となります。これらは、「グヒヤサマージャ」聖者流の『行合集灯』に説かれている定寂身・定寂語・定寂心・幻身・光明・双運の六段階に、ほぼ一致する内容です。
ゴムデ・ナムカ・ギェルツェン大師のテキストは、一見しただけでは、「四瑜伽」に関する他の幾つかの解説書と共通する文章が多く見受けられ、中身もそれらとほぼ同じなのではないかと思ってしまいがちです。しかしよく読み込んでゆくと、このテキストの特色が見えてきます。無上瑜伽タントラの学修者が当然知っているはずの基礎理論は、ごく簡単に触れるだけにとどめ、その反面、実修上の要点や秘訣について、具体的に解説しているという点です。特に、行者が信解作意すべき観想内容と、そのとき行者の身心で実際に生じる現象とを明確に区別している点など、「さすがギュトゥー寺の秘伝書」と深く感じ入りました。こうした内容は、ギュトゥー寺の中でも大勢には説かず、少数の弟子を集めてツァムカンで伝授するそうです。しかし、そのような究竟次第の高度な行法を学んでも、顕密共通の道の要点である出離・菩提心・正見、及び密教の灌頂で誓約した三昧耶と律儀こそが最も大切であり、それらを欠けば生起次第も究竟次第も絵に描いた餅になってしまいます。この点は、ゲシェー・ノルサン師も、伝授の最後に強調なさっていました。
ギュトゥー寺でのもう一つの目的は、立体曼荼羅の見学です。「グヒヤサマージャ」立体曼荼羅は、2年前にはギュトゥー寺北米センターへ移送するため梱包中でしたが、現在は戻ってきて図書館に安置されているので、ゆっくり拝観することができました。本来、曼荼羅の楼閣の壁に窓はありませんが、この立体曼荼羅は、内部を拝めるるように窓が開けられています。諸尊は、三昧耶形(例えば、東門のヤマーンタカは五鈷杵)を立てた形で表現されています。
図書館棟の4階では、「チャクラサンヴァラ」立体曼荼羅の建立中です。この仕事は、ゲン・ゲドゥン・ツェリン師の弟子であるテンジン・トゥンユー師を中心に進められています。2年前に訪れたときも、同じ立体曼荼羅を見学したのですが、そのときより作業はだいぶ進捗していました。それでも完成までには、まだ2年かかるだろうと、テンジン師は言っています。しかしそれは、他の仕事(例えば、護摩炉の製作など)と併行して少しづつ作業しているからで、2人がかりで専念すれば、最初から最後まで1年半ほどで出来るそうです。テンジン師には、私が前から読んでいた立体曼荼羅儀軌(ロンタ・ロサン・タムチュー・ギャツォ師のテキスト)の疑問箇所について、実物を前にして教えていただきました。
ここの立体曼荼羅は全て木製で、鉄の釘などもほとんど使っていません。完成時には隠れて見えない細部まで、儀軌どおりに作り込まれていて、驚くばかりの厳密さです。今回は、分かりにくい屋根裏部分を確認できて、とても参考になりました。立体曼荼羅は、成就法の中で観想する曼荼羅と基本的に同じ構造だから、これをつぶさに観察することは、修行者にとって大変有意義です(詳しくは、こちらの記事を参照してください)。
良質の材料を用い、並々ならぬ努力を傾注して作りあげるという点で、この立体曼荼羅が大変価値あるものだということは、多くの人々が納得すると思います。また、密教の神聖な世界を表わしているという宗教的な価値については、言うまでもないでしょう。しかしながら、仮にそれらを全部差し引いたとしても、観想すべき曼荼羅の行相を具体的に理解できるという一点だけで、立体曼荼羅には計り知れない価値があります。成就法を学修している方々には、もし立体曼荼羅を拝観する機会があれば、時間をかけてよく観察なさることを是非お勧めしたいです。
以上で、ギュトゥー寺に於ける今回の学修内容について、その概略を御紹介できたと思います。
ギュトゥー寺の現在の僧院長は、ポタラ・カレッジで何度も教えを授けてくだっさている大阿闍梨チャト・リンポチェ猊下です。今回の学修に関しては、リンポチェが今年4月に御来日された際にお願いし、お許しをいただいておりました。その時点から分かっていたことですが、実際に私がギュトゥー寺を訪れた8月には、リンポチェは伝法のためモンゴルへいらっしゃっていて御不在でした。
また2年前の訪問では、ゲン・ゲドゥン・ツェリン師の弟子であるニマ・ツェリン師が、とても親身になって私の面倒をみてくださいました。そのニマ師は、現在インド東北部ナガランド州の僧院へ出向中です。
そんなわけで、私がよく存じあげていて最も頼りにできる方々が御不在という状況ではありましたが、寺務所執事の諸師が親切に手助けしてくださったお蔭で、ギュトゥー寺での学修目的を無事果たすことができました。大変有難いことです。また、旅行全般を円滑に進められたのは、ダラムサラ文献図書館のナムギェル・ツェリン先生のお蔭です。多くの方々の御恩があってこそ、初めてこのような密教の学修ができるのだという点を、今回の旅行でもしみじみと実感しました。そうした数々の御恩に報いるためにも、学んだ成果を日々の活動に生かしてゆかなければなりません。まことに身が引き締まる思いです。
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