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ヤマーンタカ親近行3

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 ゲクトルの修法を終えて、少しばかり休憩してから、いよいよ最初の成就法の修習に入ります。この日は夜間の座のみとなるわけですが、広作法の儀軌を用いて、トルマ供養まで全部行じなければいけません。ただ、真言念誦の回数を数えるのは、翌日の朝の座からになります。なのでこのときは、何種類かある真言を、それぞれ二十一返程度お誦えするだけです。そうしたやり方で、広作法全部の実修に、大体1時間15分ぐらい要しました。

 私が夜間の座を終えると、皆でラダンの2階に集まって、お茶の時間になります。普通はベランダなのですが、この日は横の小部屋でビデオを見ました。何のビデオかというと、リンポチェたちの故郷、カム地方東部の僧院で最近撮られた映像です。法要や問答の様子が詳細に記録され、リンポチェがよく御存じの高僧のお姿も写っていました。この高僧は、ゲン・ペルデン・タクパ(ムンゴットのデプン寺で、論理学と中観学の第一人者として広く知られているラマ。ここをクリックすると、ロセルリン学堂公式サイトの紹介文が、別ウィンドウで開きます)を育てた師僧だそうです。八十代の御高齢だと思われますが、今でも大変お元気そうで、長蛇の列をなして謁見する信者たちを加持なさっていました。私はカム地方へ行ったことがないため、この映像を見て少し驚いたのですが、僧院建築の壁がログハウスのような木造になっています。そのような様式は、中央チベットやアムド地方(東北チベット)では見かけないように思います。応急的に再建された建物なのかと思ってリンポチェにお伺いしたら、「昔から木造だよ」とおっしゃっていました。カム地方は、チベットの他の地域と異なり、森林資源が豊富だからなのでしょうか。リンポチェたちにとっては大変懐かしい、私にとっては非常に興味深い映像でした。

 このDVDは、リンポチェのお隣りさんの手土産のようです。中庭の向かいに住んでいるタウ・メツェンのラマが、しばらく里帰りしていて、数日前にここへ戻って来たといいます。南インドの僧院とカム地方との往来は、政治的な問題が絡まなければ、それほど困難ではないのかもしれません。ちなみに、タウrta'u(道孚)はチャンパ・リンポチェの生地、タンゴbrag 'go(炉霍)は転生活仏として住持されたガンデン・ナムギェルリン寺のある町です。いずれもカム地方(東チベット)の東部で、ダルツェンド(康定)とカンゼ(甘孜)の間に位置しています。ムンゴットのデプン寺でも、リンポチェのラダンの周囲にはタンゴやタウの僧坊が建ち並び、カム地方東部の濃厚な地縁社会が形成されています。ほとんどチベット語だけしか通じない世界で、それもカム訛に慣れていないと分かりづらいです。


 さて、行に入って2日めからは、一日三座を修行することになります。朝は、6時起床です。洗面などを済ませてから、我生起と眼前生起の閼伽をお供えします。前日に水を汲み、サフランを入れておいたものを、仏器に注ぎます。各々、漱口水・洗足水・塗香の三つを捧げ、華や焼香などはそのままです。それから、前に述べたトルスーを、主尊のトルマの下あたりに付加します。本尊の前のバター灯明は、新しいものに取替え、古いものを掃除します。ここまで準備しておき、7時から2階のベランダで朝食です。リンポチェから、「アラパツァの真言を、できれば今日中に一万返念誦しなさい」という御助言がありました。食事の後、寝泊りする部屋で少し休憩し、8時半から朝の座に入ります。

我生起と眼前生起の供物

 一座の行法の流れを、項目だけ簡単に紹介しましょう。といっても、ほとんど専門用語の羅列になってしまいそうです。まず最初に、五体投地してから着座します。そして、サンスクリットの母音・子音と縁起真言を誦え、語加持を行ないます。続いて、前行のグルヨーガとして、三帰発心、四無量心、ガンデン・ラギャマ、ミクツェマなどを修行します。それから、師資相承のラマに祈願する偈頌をお誦えします。これを、「ラギュー・スルデプ」といいます。本尊金剛バイラヴァ(=持金剛=釈尊)から源を発し、ラリタヴァジュラなどインドの聖者たち、ラ訳経師ドルジェ・タクなどチベットの瑜伽行者たち、そして宗祖ツォンカパ大師以下ゲルク派のラマたちを経て、自分の根本ラマに至るまでの相伝を辿るものです。「加持の近伝」という秘訣の流れなどを見ると、その法脈は先々代リン・リンポチェ(ダライ・ラマ13世法王の師僧)と先代リン・リンポチェ(現法王の師僧)によって近現代の主なラマたちに伝えられたことが分かります。ですから、「ヤマーンタカ一尊法」は、リン・リンポチェゆかりの秘法だと言えるでしょう。チャンパ・リンポチェは、先代リン・リンポチェ猊下の最もお近くに長年仕えて、密教の奥義を窮めた大阿闍梨です。そのチャンパ・リンポチェから、リン・リンポチェ直伝の「ヤマーンタカ一尊法」を実践指導していただけるのは、この上なく幸せなことです。

 ここまでは、成就法に入る前の修行です。そして次からは、成就法の冒頭に行なう前行です。まず、自己を一面二臂のヤマーンタカとして刹那生起してから、金剛と鈴を加持します。続いて、内供養を五肉・五甘露として加持します。内供養加持は、無上瑜伽タントラ独特の行法であり、成就法の冒頭にあたって非常に重要な意味を有するものです。次に、前行の供物とトルマを加持してから、これらを護方神と眷属衆に供養し、事業を託します。そして、ヤマーンタカの百字真言などを誦え、前行の過不足を浄治します。次に、我生起の供物を加持します。それから、金剛薩埵父母尊を頭頂に生起し、百字真言を念誦して懺悔を行じます。

 次からは、成就法の本格的な前行、つまり福徳と智の資糧の積集です。まず、福田を眼前に勧請してから、それを対象として七支分を修行し、さらに三昧耶戒を誓い、四無量心を誦えます。これらは、福徳の資糧と位置づけられます。続いて、空性を修習します。これは、智の資糧と位置づけられ、同時に三身修道の「死の法身」ともなる重要な箇所です。ここで、「八つの溶け込む次第」を辿りながら、死の光明と空性了解の智を合わせます。そこからが、成就法の正行となります。

 空そのものの状態から、四大種の輪を重ねて生起し、共通の守護輪として結界を巡らします。次に、不共の守護輪として、十忿怒明王を修習します。このときの主尊は、降三世明王父母尊です。それが転変したところから、金剛地を生起し、その上に曼荼羅の楼閣を建立します。その行相を詳細に観察してから、曼荼羅を囲遶する八大屍林を観想します。その楼閣の中心に、因の執金剛として、文殊師利童子を我生起します。これは、三身修道の「中有の報身」と位置づけられます。

 次に、その因の執金剛が転変する諸過程を修習し、果の執金剛として、金剛バイラヴァを我生起します。これは、九面・三十四臂・十六足という、非常に複雑な姿です。一尊の場合、眷属諸尊を生起しない代わりに、本尊の複雑な行相を特に入念に観察する必要があります。これは、三身修道の「生の応身」に位置づけられます。

 続いて、眼などの処加持と三金剛加持、三重薩埵の修習、智尊の召入、灌頂と部主印証など、円満支分を修習します。それから、我生起の供養と内供養を捧げます。内供養は、根本ラマ、相承ラマ、本尊、護法尊などの順で捧げ、最後に自分も本尊として味わいます。広作法の場合、相承ラマの箇所で、ラギューと同様の流れを再び辿ります。その次に、本尊の礼賛偈を誦えます。ここまでのプロセスは、成就法の儀軌を読誦しながら、その中身を観想するというやり方です。決められた箇所で、印を結んだり金剛鈴とダマル太鼓を鳴らすなど、様々な所作もあります。

 その次のプロセスは、粗大と微細の瑜伽です。ここでは、儀軌の読誦や所作などを一切行なわず、ひたすら三昧に入ります。粗大瑜伽は、凡俗の顕現と執着を遮断し、本尊の明確な顕現と慢を確立するための修行です。微細瑜伽は、無上瑜伽タントラに則した止観を実践する修行です。これらはいずれも、生起次第を行じる主要な目的となるものです。従って、この粗大と微細の瑜伽こそが、生起次第の修行の核心と位置づけられます。ただ親近行の場合、真言念誦の回数を数えなければいけないため、粗大と微細の瑜伽にあまり多くの時間を費やせません。それで、適宜三昧を切り上げ、清浄の憶念というプロセスに入ります。これは、本尊の複雑な行相が象徴する意味内容を想起する修行で、儀軌を読誦しながら中身を観想します。

 次に、念珠を加持してから、真言をお誦えします。誦えるべき真言は五種類あり、「アラパツァ」の文殊真言、「ヤマラザ」の根本真言、「フィーティー」の十字真言、「ヤマーンタカ」の七字真言、最後に降智真言という順で念誦します。最初の「アラパツァ」は、寂静相の文殊と共通のよく知られたもので、具体的には「オーン・アラパツァナ・ディー」とお誦えします。日本密教の「おんあらはしゃのう」と大体同じで、最後のディーは文殊の種字です。前にも述べたように、リンポチェから「アラパツァの真言を、できれば今日中に一万返念誦しなさい」と言われているので、まずこの真言をたくさんお誦えして、回数を数えなければなりません。朝の座では、2,500返ほど念誦しました。続いて、「ヤマラザ」以下の四種類の真言を、順に適宜お誦えします。これらの回数は数えません。そして、念誦の過失を補うため、ヤマーンタカの百字真言を少しお誦えします。それから、報謝の供養と礼賛を捧げます。成就法の正行は、ここまでです。

 その後、結行次第に入ります。まず願文を誦えてから、一座の行の過不足を浄治し、収斂次第を修習します。そして、空そのものの状態から、再び自己を一面二臂のヤマーンタカとして刹那生起します。これには、重要な意味があります。生起次第の目標は、行住座臥に本尊瑜伽を維持できることです。そうした境地へ近づくための訓練として、行者は次の座までの時間を、この一面二臂のヤマーンタカとして過ごすように信解作意するのです。そのうえで、最後に吉祥賛と普廻向を誦えて、一座の行を終えます。


 朝の座は、遅くとも午前10時45分頃には終了しなければいけません。なぜかというと、ラダンの昼食の時間が、大体11時になっているからです。お昼には、かなりボリュームのある食事が出ます。食後は、休憩時間です。ムンゴットは南国で暑いから、昼寝の習慣があります。大体、午後2時過ぎまでです。私はその間に、入浴や洗濯を済ませてしまいます。このラダンには温水シャワーがあり、デプン寺の中では恵まれた環境だといえるでしょう。ただ、停電だとお湯が出ないから、なるべく暖かい時間に浴びておいたほうが無難です。

 昼の座は、午後2時半から始めます。成就法の儀軌は、中作法です。五体投地、三帰発心、四無量心、ガンデン・ラギャマ、ミクツェマなどは朝と同じで、それから刹那生起、内供養の加持、我生起の供物加持、福田勧請、七支分、四無量心、空性修習の順に行じます。ここまでは、たとえ広作法で実修する場合でも、第二座からはこのように省略します。空性修習以降の正行は、もし広作法で行なうなら、不共の守護輪の修習を省略する以外、初座のときと同じ内容になります。しかし、今回は中作法でやることに決めたので、不共の守護輪の修習、楼閣と屍林の観想、内供養のラギューなどが簡略化されます。それでかなりの時間を捻出できるため、真言を多くお誦えすることが可能になります。この日の昼の座では、「アラパツァ」の真言を4,500返数えました。結行次第は朝の座と同じで、午後4時40分に一座を終えました。

 ラダンの夕食は、普通だと大体午後5時からです。この日は、インド人の職人さんたちがリンポチェの椅子を作っていたため、ちょっと遅くなりました。でもそのお蔭で、リンポチェの食卓の居心地がだいぶ良くなったようです。夕食も、結構ボリュームがあります。食べ過ぎると後で苦しくなるから、気をつけなければいけません。食後に少しだけ休憩し、6時45分から夜の座を開始しました。夜の座も、真言念誦と報謝までの流れは、昼の座と同じです。「アラパツア」の真言を3,000返数えられたので、リンポチェの御指示どおり、1万返の念誦を成就できました。

 夜の座は、一日の最終座なので、結行時に広作法でトルマを供養する必要があります。まず、内供養のときと同様の儀軌によって、トルマを五肉・五甘露として加持します。それから、ヤマーンタカ一尊の曼荼羅を眼前生起し、智尊曼荼羅を護方神とともに召入させます。これらを賓客として、トルマなどを供養するのです。最初に、本尊の金剛バイラヴァにトルマを奉献し、眼前生起の供養と内供養と礼賛を捧げます。次に、護方神や眷属衆に対しても同様に供養し、事業を委託します。礼賛や事業委託のときには、鈴とダマルを激しく鳴らします。その後、ヤマーンタカに服属するの護法尊として、タムチェン・チューギェル父母尊と眷属衆を勧請し、やはり同様に供養して事業を委託します。タムチェン・チューギェルは、閻魔大王がヤマーンタカに調伏されて護法尊に転化したものです。この儀軌では、文殊とヤマーンタカとタムチェン・チューギェルを三位一体として観じます。

タムチェン・チューギェル

 最後に、一座の行とトルマ供養の過不足を浄治し、トルマの賓客を撥遣します。願文を誦えてから、総収斂と刹那生起を修習し、吉祥賛と普廻向を誦えて結行となります。この日は、8時40分までかかりました。

 前にも述べたように、夜の座が終わると、お茶の時間です。リンポチェに一万返の念誦を終えたことを御報告すると、「じゃあ明日は、ヤマーンタカの真言を一万返誦えられるね」とおっしゃいました。リンポチェたちは結構遅くまで歓談なさっていますが、私は親近行の期間中だから、早めに失礼します。道場の閼伽を下げて仏器をきれいに拭き、翌日のため、水瓶に新しい水を汲んでサフランを入れておきます。ここまでやってから、寝泊りする隣室へ戻り、六座グルヨーガなど毎日の修行をまとめて実践します。睡眠不足で体調を崩しては大変なので、できるだけ11時前に就寝するように心がけました。

 以上が、親近行の行法の流れと、期間中の毎日の過ごし方です。3日めも、数えるべき真言の字数が前日と同じだから、ほぼ同様の時間配分で結行できました。比較的順調な滑り出しと言えそうです。

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