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チベット仏教との御縁3

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チャクラサンヴァラの大灌頂

 2002年4月、キャプジェ・デンマ・ロチュー・リンポチェ猊下が御来日されました。ムンゴットで謁見した際、再び日本で密教の伝授をなさってくださるように私たちからお願いし、それを快く受け入れてくださったのです。このときは、「チャクラサンヴァラ」ルーイーパ流の大灌頂をはじめ、「六座グルヨーガ」の解説と「チャクラサンヴァラ三清浄」の阿含相伝、パンチェン・ラマ一世『ラムリム・デラム』の講伝、「釈迦牟尼三三昧耶荘厳」の許可灌頂、白ターラーの長寿灌頂などを授けていただきました。これで、ゲルク派密教の三大本尊の大灌頂を、全てポタラ・カレッジで実施したことになります。そのようなことは、以前にはとても考えられませんでした。時代は変わったのだと、つくづく実感させられたものです。

 ツォンカパ大師の口伝を記録した『グヒヤサマージャ伝授手鑑二十一小品』の冒頭で、「大師御自身がいかなる道から持金剛の地へいらっしゃり、善縁ある所化らもその道から教導なさるという、その不共なる方軌の主たるものは、仏陀の御教え一切の究極の中でも頂点たる“吉祥グヒヤサマージャ”と、母タントラ一切の上首にして心髄たる加持の宝蔵“吉祥チャクラサンヴァラ”の二者にほかならない。この二つの門は、各々単独でも〔最勝と共通〕二種の悉地を容易にもたらすけれど、大師のお考えは、“両者を一体に結びつけて修行したならば、生起・究竟二次第に於て最も大切な要点が特別に存在するゆえに、必ず一体に結びつけて修行すべきだ”ということである」と、直弟子のケートゥプ大師が解説なさっています。「チャクラサンヴァラ」がなぜ重要かといえば、幻身の前提となる光明を現前するために、様々な優れた行法を提示しているからです。

『チベットの般若心経』の出版

 前にも述べた『般若心経』の本の企画は、ポタラ・カレッジの設立と時期が重なったたこともあり、長期間に渡って停滞を余儀なくされました。しかし、2000年代に入ってようやく骨格が固まり、2001年には集中的に執筆作業を進めました。それで、ちょうどロチュー・リンポチェが御来日中の2002年4月、『チベットの般若心経』というタイトルで春秋社から出版することができました。

 この本は、ゲルク派の伝統教学に真正面から取り組んだ内容です。これ一冊で、『般若心経』の解釈のみならず、チベットの僧院教育の中心課題をまとめて学ぶことができます。ですから、ポタラ・カレッジの講習会のテキストとして、大変役にたちます。それで私は、2002年4月から二年半の間、この『チベットの般若心経』を詳しく解説する講座を担当しました。また、静岡センター、京都教室、広島教室などでも、この本をテキストにして授業を行ないました。その間、受講者の方々から頂戴した様々な御質問を通じ、私自身が勉強させていただいたことも数多くあります。東京センターでは、2007年4月から二年間、再び同じ内容の講座を行ないました。

ヤマーンタカ一尊の大灌頂

 2003年春、チャンパ・リンポチェが御来日されました。これも、前年のロチュー・リンポチェ同様、ムンゴット訪問の際のお願いに応えてくださったものです。今回は、非常に盛りだくさんの伝授内容となりました。第一のコンセプトは、「ヤマーンタカ」に関連する灌頂と伝授を徹底的に行なおうということです。まずポタラ・カレッジ東京センターで、根本となる「ヤマーンタカ十三尊」の大灌頂を二日間かけて実施し、翌日に「ヤマーンタカ一尊」の大灌頂を授けていただきました。そのうえで、「ヤマーンタカ一尊」の成就法を伝授していただきました。「ヤマーンタカ一尊」は、複雑な曼荼羅最勝王を伴わずに強力な忿怒尊を単独で修法できるため、四種法などの実践に便利です。さらに、ヤマーンタカの眷属である護法尊タムチェン・チューギェルの許可灌頂も併せて授けていただきました。タムチェン・チューギェルは、「ラムリム」の下士の守護者と位置づけられ、六臂マハーカーラなどとともに、ゲルク派の最も正統的な護法尊とされています。

 それから会場を京都の随心院へ移し、『般若心経』の講伝や、無上瑜伽タントラに基づく緑ターラーの灌頂などを授けていただきました。東京センターへ戻ってからは、行タントラに基づく「大日現等覚」の大灌頂を、二日間かけて実施しました。これは、日本密教の胎蔵法伝法灌頂と同格のものです。さらに、不動明王の許可灌頂と尊勝仏母の長寿灌頂も、併せて実施しました。
 
 私はその頃、無上瑜伽タントラの究竟次第を徹底的に学ぶ必要性を痛感していたため、灌頂や伝授の合間を使って、チャンパ・リンポチェからチャクラや脉管について具体的に教えていただきました。そして、学修方法について、御助言をお願いしました。究竟次第に関するツォンカパ大師の教えを深く学ぶためには、やはり「グヒヤサマージャ」を中心とするのが一番よいということで、適度な分量で内容も信頼できる教科書として、パンチェン・スーナム・タクパの『グヒヤサマージャ二次第解説・智慧者の魅惑』を使うことになりました。パンチェン・スーナム・タクパは、デプン寺ロセルリン学堂とギュトゥー寺の教学体系を確立した大学僧です。『智慧者の魅惑』は、ギュトゥー寺に於ける「グヒヤサマージャ」の公式教科書となっています。これの生起次第解説は、ツォンカパ大師の『安立次第解説』やケートゥプ大師の『グヒヤサマージャ生起次第解説・悉地大海』の要点を整理・再構成したものです。究竟次第解説は、ツォンカパ大師の『五次第明灯』の要約です。この教科書を使って効果的に学ぶためには、やはりまずきちんと和訳しておきたいので、リンポチェが御帰国なさるとき、その旨をお約束して翻訳終了後の御指導をお願いしました。

金剛界法の伝授

 同年7月、ナムギェル寺前僧院長のチャト・リンポチェ師が来日され、ポタラ・カレッジで「金剛界法」の伝授をなさってくださいました。これは、金剛薩埵を本尊とする行法で、アーナンダガルバの『金剛薩埵出生成就法』の系統ではないかと思われます。チャト・リンポチェは、瑜伽タントラの行法に大変お詳しいラマとして、チベット仏教界でよく知られています。この日の伝授には、真言宗の先生方も参加なさっっていました。

 四部タントラのうち、行タントラと瑜伽タントラは、金胎両部の大法として日本の密教で盛んに修行されています。しかし、チベット密教の世界では、どちらかというと手薄な分野です。それだけに、4月にチャンパ・リンポチェから「大日現等覚」の大灌頂を受け、今回チャト・リンポチェから「金剛界法」の伝授を受けることができたのは、とても幸運だったと思います。

『チベット密教 修行の設計図』の出版

 ちょうど同じ7月、私も加わった共訳書『ダライ・ラマ 大乗の瞑想法』が春秋社から出版されました。これは、ダライ・ラマ法王によるカマラシーラ『修習次第・中編』の講伝を記録したもので、本文は鈴木樹代子さんが英語から翻訳しています。私の担当は、『修習次第・中編』のチベット語からの直訳で、これは巻末(pp.221-266)に収録されています。この翻訳自体は、ずっと以前にクンチョック先生の指導で行なっていたので、今回の出版にあたっては、表現を少し平易に改めたくらいです。この本は、ダライ・ラマ法王の数ある御著書の中でも、止観の実践法を正面から解説なさっている大変貴重なものです。現在品切れで重版未定となっているのは残念です。

 ところで、前年に『チベットの般若心経』を出した後、出版社から「今度は齋藤さんの単著として、仏教用語を極力使わないで、中身に手ごたえのある初心者向の本を出しませんか」という御提案をいただきました。それで、いろいろと構想を考えた末に思いついたのが、チャンパ・リンポチェが説法でよくなさる「ラムリム」の逆観です。つまり、仏陀の覚りの境地から師事作法まで、修行の段階をさかのぼってゆく手法です。こうすると、「望ましい結果を得るために何が必要か」を、とても明確に語ることができます。各段階の説明内容を大雑把に決めて、中身は2003年の春から夏に一気に書きあげました。編集担当の上田鉄也さんからは、「最初の読者」の立場で、数々の貴重なアドバイスを頂戴しました。そのお蔭で、随分読みやすい文章になったと思います。タイトルは、上田さんのアイディアで『チベット密教 修行の設計図』とし、10月に春秋社から出版することができました。

 この本は、『仏教タイムス』紙(平成16年1月1日号)に、「今年(2003)の3冊」として紹介されました。これは、識者の先生方が一年間で印象に残ったベスト三冊を選んで論評するという企画で、龍谷大学教授(当時)の武田龍精先生がこの本を取りあげてくださいました。その記事を、少しばかり引用してみましょう。「まずは斎藤保高著『チベット密教・修行の設計図』(春秋社)。最近は日本でもチベット仏教に大きな関心が持たれるようになった。アメリカなどでは禅よりもチベット仏教の方に関心が高くなってきている。本書はそうした関心に懇切丁寧に応えようとする好書。実践には順序が大切で、仏陀の覚りから修行の段階を順次さかのぼるという道筋を逆方向に探求して行くところに本書のユニークさがある」。直接面識のない先生から高い評価をいただいたのは、著者として大変嬉しいことです。

『入中論』の講伝

 2003年の秋に、チベット仏教普及協会(ポタラ・カレッジ)は、設立五周年を迎えました。その記念行事として、デプン寺ロセルリン学堂の僧院長(当時)ゲシェー・ロサン・ギャツォ猊下(仏教論理大学の初代学長ゲシェー・ロサン・ギャツォ師とは別のお方)をお招きし、ポタラ・カレッジ東京センターで法要を厳修するとともに、チャンドラキールティ『入中論』の講伝を授けていただきました。これは、中観学の最も重要な聖典です。その内容は、ゲシェー・ソナム先生やクンチョック先生の得意分野なので、私は以前から先生たちのもとで勉強を重ねてきました。しかし、伝統的な講伝の形式で受法したのは、このときが初めてです。

 話は変わりますが、デプン寺ロセルリン学堂では、当時の本堂が老朽化して手狭になったため、新本堂を建立することになりました。建立総監は、チャンパ・リンポチェがお務めになるとのことです。そのお話を僧院長から伺い、ポタラ・カレッジでも可能な限り御協力させていただくため、勧進を行なって2007年まで継続し、多くの有縁の方々から浄財が集まりました。

 11月には、ダライ・ラマ法王が御来日されました。東京での御法話のレポート記事を執筆するように、『大法輪』誌から依頼を受けていたので、両国国技館で開催された『八つの詩頌による心の訓練』の御法話、及び法王と日本の科学者たちのシンポジウムを拝聴しました。

チャクラサンヴァラの成就法

 このように2003年は非常に忙しい一年だったのですが、最後にもう一つポタラ・カレッジの大きな行事がありました。第百世のガンデン座主職の任期を終えられたばかりのゲシェー・ロサン・ニマ猊下が、12月に再び来日なさってくださったのです。公職を退かれれば、様々な行事に参加する義務などがなくなるため、弟子の指導にあたるお時間を取りやすくなります。今回は、「チャクラサンヴァラ」ルーイーパ流の大灌頂と成就法の伝授をなさっていただきました。前にも述べたように、「グヒヤサマージャ」と「チャクラサンヴァラ」は、ゲルク派密教の最奥義の両大法です。その両者の法流が、第百世ガンデン座主という最高のラマから日本の地へもたらされたのは、本当に素晴らしいことです。

 このときの密教伝授では、「チャクラサンヴァラ」のほかに、「ガンデン・ラギャマ」の講伝や、六臂マハーカーラの許可灌頂、無量寿の長寿灌頂などを授けていただきました。「ガンデン・ラギャマ」は、ツォンカパ大師と二人の直弟子(ギェルツァプ大師、ケートゥプ大師)を観想するグルヨーガなので、その後継者たるガンデン座主から授かるのにふさわしい行法です。六臂マハーカーラは、「ラムリム」の上士の守護者と位置づけられ、前述のタムチェン・チューギェルと並んで、ゲルク派の最も正統的な護法尊とされています。

 この年の12月18日は、チベット暦で10月25日にあたります。ツォンカパ大師が示寂なさった御縁日です。ちょうどこの日、ポタラ・カレッジでは、灌頂や伝授の御法礼として「上師供養」の法要を厳修しました。それが終わってから、私は第百世ガンデン座主猊下に、「ツォンカパ大師の『五次第明灯』の教えは、今の私には大変難解ですが、将来必ず証得できるように加持してください」とお願いしました。すると、猊下は大変お喜びになって、「よしよし」とおっしゃってくださいました。私はその御様子を拝し、まるでツォンカパ大師御本人から『五次第明灯』を学修するお許しをいただいたかのように、心底嬉しく感じたものです。『五次第明灯』は、「グヒヤサマージャ」聖者流の究竟次第を教相・事相の両面から詳しく説き明かした解説書で、ゲルク派密教の究極の奥義と位置づけられます。このときから、私は「グヒヤサマージャ」の勉強を、集中的に進めることになりました。自分の怠惰と能力の低さは別にして、学修が比較的スムースに進展したのは、ひとえにラマの偉大な加持力のお蔭です。

『現観荘厳論』の講伝

 2004年は、密教の灌頂や伝授がなかったため、自分の勉強に集中するには好都合でした。7月には、ダラムサラ仏教論理大学の学長ゲシェー・タムチュー・ギェルツェン師(宗教・学術顧問)をポタラ・カレッジでお招きし、弥勒菩薩の『現観荘厳論』の講伝を授けていただきました。これは、般若学の最重要聖典です。前年10月の『入中論』と合わせて、中観学と般若学の根本聖典の相伝が揃ったことになります。「ラムリム」も、『現観荘厳論』の実践的な教誡と位置づけられます。

護摩法の伝授など

 2005年の春、ポタラ・カレッジで再びチャンパ・リンポチェを招聘しました。今回は、まず「グヒヤサマージャ」の大灌頂を三日間かけて丁寧に授けていただき、それに続いて成就法の伝授をなさっていただきました。私自身にとっては、チャンパ・リンポチェに「グヒヤサマージャ」二次第の個人的な御指導をお願いしているので、それに先だってリンポチェ御自身からも大灌頂と成就法伝授を受けられたのは、とても善い御縁になったと思います。

 「グヒヤサマージャ」のほかには、所作タントラに基づく薬師如来の許可灌頂、無上瑜伽タントラに基づく金剛薩埵父母尊の許可灌頂、及び毘沙門天の許可灌頂を授けていただきました。毘沙門天は、「ラムリム」の中士の守護者と位置づけられ、財神としての霊験もあらたかです。これで、タムチェン・チューギェル、毘沙門天、六臂マハーカーラという「ラムリム」三士の護法尊すべてと結縁したことになります。また、目黒区の成照院を会場に、ヤマーンタカ一尊を本尊とする護摩法の伝授もなさっていただきました。護摩には複雑な所作がいろいろありますが、リンポチェはそれらの隅々にまで精通していらっしゃるので、とても分かりやすい解説を与えてくださいました。

 このとき私は、『智慧者の魅惑』の生起次第解説の翻訳を全部終えていました。それで、灌頂や伝授の合間に、リンポチェを自宅へお招きし、生起次第に関する御質問をお伺いして御指導をいただきました。それと同時に、ナーガールジュナ『五次第』の阿含相伝を授けていただきました。『五次第』は、「グヒヤサマージャ」聖者流の究竟次第の根本聖典です。これでいよいよ、究竟次第を本格的に学ぶ条件が整ったことになります。

 それ以来、翌2006年にかけて、私は『智慧者の魅惑』の究竟次第解説を和訳しつつ、ツォンカパ大師の『五次第明灯』や『グヒヤサマージャ秘訣伝授手鑑』、及びジェ・シェーラプ・センゲの『持金剛上師の口伝』(ギュメー寺の「グヒヤサマージャ」二次第の教科書)、パンチェン・ラマ一世の『真義を明かす太陽』(『悉地大海』と『五次第明灯』の要約)などの該当箇所を読み比べてゆきました。

 2006年7月、チャト・リンポチェが再び来日され、ポタラ・カレッジで『ガクリム・チェンモ』第四品(瑜伽タントラの道次第)の講伝をなさってくださいました。そのほかに、所作タントラに基づく「釈迦牟尼縁起陀羅尼」の許可灌頂、無上瑜伽タントラに基づく観自在の許可灌頂、及び所作タントラに基づく金剛砕破の許可灌頂を授けていただきました。これは、観自在が無上瑜伽タントラなので少しバランスを欠くことになりましたが、一応仏部・蓮華部・金剛部という三部を意識した内容構成です。


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